ドナ・バークのジャパンタイムズ・インタビュー

Donna Burke in the Japan Times

ミュージシャンでもあり企業家でもある、プロとしての多彩な顔を持つオーストラリア出身のドナ・バーク。

彼女は、仕事関係の電話を取ることに関しては驚くほどに慎重です。「電話の電源を切っていることはしょっちゅう。携帯を何日間も見もしないときもあるわ。」と話す彼女は、歌手でありナレーターでもあり、ソングライター、作詞家、タレント・エージェンシーの代表でもあります。
さらには、使い捨てハンド・ウォーマーを輸出する会社の経営も。
東京に住み始めて14年、現在45歳のバークさんはライブ以外にサウンドトラックを歌うこともあり、彼女のレパートリーはジャズ、ポップ、ケルト音楽と多様です。東海道新幹線の車内アナウンスで彼女の声を聞いたことがある人もいるでしょう。4月からは、NHKの人気英会話番組に登場する犬のキャラクター、リトル・チャロの母親の声を担当します。コマーシャル用に歌を歌うことや歌詞を書くこともあります。
バークさんのご主人は日本で知り合ったイギリス出身のミュージシャンであり、1999年には彼と共に外国人向けのタレント・エージェンシー、Dagmusicを設立しました。現在では、名簿に載っているアーティストは350人、キャスティング・リストには1,000人が登録されています。ここ数年Dagmusicは、海外の顧客向けに作られる日本のゲーム用のサウンド・プロダクションや作曲へと仕事範囲を拡大してきました。
太陽のように明るいブロンドの彼女は、自身の声が大好きだということを認めていますが、多くのサウンドを手掛けているにも関わらず、仕事は静寂な環境ですることを好みます。以前は東京の六本木地区にある自宅の2階に備えたオフィスで、従業員と共に仕事をしていましたが、現在では下の階でひとりで仕事に取り組んでいます。仕事場はワンルーム形式の広いリビングと勉強部屋であり、3匹の飼い猫を観客にして歌の練習をすることもあるそうです。「かなり静かな環境が好きなの。そうでないと、我慢できなくなる。(いつも電話に出てばっかりだと)それは生産性があるというより、単に体が反応しているだけ。」オーストラリア西部に位置するパースを出て、バークさんが日本に来たのは1996年。外国人向けの歌の仕事があると聞いての来日でした。オペラ調のボイス、スピーチ、そして演劇の経験もあった彼女は、ホームタウンでは教会やパーティなどでパフォーマーとしてのバイトをしたことはあるものの、それ以上の経験はほとんどありませんでした。
東京に来てすぐに波に乗ったというわけではありません。まずは英語教師として働き始め、時間があるときには音楽業界の仕事に手をのばそうとしていたところ、英語学校が経営不振になり、職を失った彼女の収入はごく僅かになってしまいました。
それでも彼女は日本にいるべきだという直感を信じて日本に留まることを決めたのてず。「お金が全然なくて、1年間で7回も引っ越しをしたこともあったけれど、日本でがんばればきっと成功するという直感があったの。」
当時を振り返ってバークさんが話す成功への鍵となったのは、色々な人と知り合って、手を貸してもらったこと、自分に自信を持ち歌手だけでなくナレーターとしても働くフレキシビリティを備えていたこと。
「複数のアクセントをこなすことや、事前に準備されていないものをその場で読むことができるということが必要。私はお芝居も上手なの。ハイピッチの声をやってとか、声を若くして、声に歳を加えて、と注文されれば「ノープロブレム」って答えるわ。
それからもうひとつ大事なことは、ライブもスタジオ収録も両方こなせること。」と、彼女は付け加えました。
彼女が言うには、それは外国人パフォーマーの需要が大きかった以前に比べて、今ではもっと重要なこと。最近ではより少ないギャラで働くバイリンガルの日本人歌手が増えてきていて、それは同時に、英語ネイティブにとっての仕事が減ってきているということにつながるのです。
絶え間なく変化し続けるこの業界で、彼女は「常に東京の次の新しい才能を探している」と言います。特に今彼女が必要なのは、作詞もできる女性のアラブ歌手。エージェンシーには多くの応募が届きますが、プロとしてのスタンダードは高いため、本当に優れた才能が見つかるのはごく稀だそう。「批判するわけじゃないのだけれど、自分の出身国ではみんなが見ているからという理由で本性を発揮できなかった人もいると思うの。でも日本では無名だから、もし失敗したって大丈夫。故郷の誰にも知られないでしょう。」
東京におけるインターナショナルな才能のマーケットは大きい、とバークさん。「その中に入り込めればね。たとえば東京でフルタイムで働いている男性ナレーターは100人はいるはず。彼らの年収は5百万円から1千万円くらい。ナレーションができて歌も歌えれば、それはとってもラッキーなことよ。」
外国人パフォーマー兼作曲家として日本で働くには、顧客に耳を傾けることが大事、と彼女は言います。
「日本人は、協調性(を持って仕事をすること)が好き。私は、自分の意見ばかりにしがみつかないということができる。たとえ個人的にはそれほど良くもないと思う歌でも、それがお客様の欲しいものならば私は心配はしないわ。」
プロダクションチームと一緒に働く方が、変更の許されない歌詞を相手にいらいらするよりもずっと効率が良いでしょう、とも。
「様々な クリエイティブな意見が一つになっているわけで、最終的にはその歌はすっかり良くなっていて、私がひとりで仕上げる結果よりも全然良いものになっているの。」
彼女の仕事に見られる役に立つもうひとつの策略が、自分の直感を信じるということです。
「私は、潜在意識に頼ることがすごく上手なのかも。プロフェッショナルな緊張感のあるシチュエーションに立った時、私なら、考えが浮かばなかったらどうしようとか音を外したらどうしようとか、そういう心配は絶対にしない。私がプロとして成功したのは、自分の直感で判断したからというのもあると思うわ。」
その直感で思いついたことというのは、彼女がHotteezeと呼ぶ、使い捨てハンド・ウォーマーの輸出。「(その製品を)オーストラリアに持って帰る度に、家族中の全員が欲しがっていることに気づいたの。男の子も女の子もお年寄りも若い人も。どうして他の会社が私よりも先にやらなかったのかしら?と信じられない気持ちだった。」以前に試みて失敗に終わったと言う輸出業者は彼女の提案を取り下げたけれども、彼女は5年前、オーストラリアでついにその企画に着手。現在ではイギリスとアメリカでも販売されており、今後はインドにも展開される予定もあります。年間で25%の売り上げ上昇が見られており、昨年は30万個販売されました。内容が何であろうと、バークさんの決心はプレッシャーがある中で辛抱するということです。このことは日本語を勉強する際にも言えますが、今のところあまり上達はしていないそう。「8年間勉強してやっと自分が下手なんだってことに気づいたの。私に向いていることは他にたくさんあるのよ。人生なんてそんなものだから、がっかりはしていない。仕事上日本語が欠かせなかったり、日本語を話す必要のあるような恋をしていない限り、モチベーションがないもの。」ストレスがあるとインスピレーションが働かないから、と言うバークさんはテレビのネガティブなニュースは見ないようにして、群馬県の森の中にある自分のキャビンによく休養に行くとのこと。そして従業員も同じようなリラックスできる環境で仕事ができるように心掛け、仕事が中心の日本人の考え方は理解できないと言います。「仕事一筋なんて寂しいと思う。オーストラリアでは、5時に退社するっていうことは、自分の人生を楽しんでいる証拠なのよ。」彼女の従業員は日本人も外国人も含めて、朝10時から夜7時か8時頃まで働きます。日本人は、必要ないと思われることを恐れているから、休みも取らないの。私は、休みを取る人の方が効率が良いと思っているのだけどね。」それでも彼女は、他の人に比べれば仕事と遊びの両立が楽にこなせている言います。それは、自分の仕事が大好きであるからで、歌うことはだんとつに1番なのだそう。「私の仕事は私の趣味でもある。歌うことは楽しいし、もしギャラを払ってもらえなくてても、きっと歌は歌うと思うわ。これはお客様には内緒だけど。」

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